ヴェネツィア・スクラップブック

元・ご近所さん達

私のアパートの近く(といっても徒歩約15分以内の範囲で)に滞在していた方々。

ほんの一部ですが・・・
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ここには15歳のモーツアルトが滞在し、
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ここにはジョルジュ・サンドが滞在。
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ここにはモディリアーニが、
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ここにはゲーテが。

他にも、ぶらりとヴェネツィアの街を歩くと、ジョン・ラスキンが、カサノヴァが、ワーグナーが、ヴィヴァルディが、バイロン卿が、その他諸々の人々がここで人生のひとときを過ごしていたのだ、という場所を見つけることができる。

子供の頃から日本でその名を知っていて、また作品を見たり読んだりしていた彼等が、今私の住む場所の近くに滞在して同じ景色(景色は殆ど変わっていないはず)を見ていたというのは、なんとも不思議な感じだ。
日本の伝統的な木造家屋と違って、石や煉瓦造りのヴェネツィアの建物は圧倒的に燃えにくい上、ヴェネツィアは地震が少ないこともあるだろう、昔彼等が滞在した建物がほぼ当時そのままで(一部改修はあるとしても)、現在でも使われている。

あちこちの建物の外壁には、先の写真のように「ここに何時○○が滞在した」「ここで○○が生まれた」「ここで○○が暮らした」「ここで○○が亡くなった」といった石のプレートが埋め込まれていて、道行く人にも分かる様になっている。

そういえば、以前パリを地図を持たずにぶらぶらと歩いていた時に、偶然「ここに檀一雄が滞在した」という建物外壁のプレートを見かけたのを、今も憶えている。人への追憶を外壁に残す、という考えは、共通のものなのかもしれない。

ヴェネツィアの街を歩くと、建物の外壁プレートには、もっと後の時代のものも見つかる。
今回の写真には無いけれど、例えば「ここで○○がファシストの凶弾に倒れた」というものや、ゲットーにあるプレートを見ると、ここヴェネツィアのゲットーからも200人のユダヤ人が収容所へ送られたということを知る事ができる。

「歴史ある街」と簡単に言ってしまうだけではピンと来なかった実感を、段々私も少しずつだが想像するようになってきている。この、それ程広くもない街の日常の景色の中で、空気の中で、少し(または大分)前にある人は文章や詩を書き、曲を創り、絵を描き、そしてある人は殺され、またある人は収容所へ送られその生涯を終えた。どれも全て、今私の住む家の近くで起こった「身近な」出来事だった、という事。それから陽は沈みまた陽は昇って、そのまま今日の生活に続いているという実感。

古い建物をそのまま使い続けるということは、そのような空気も一緒に引き継ぎ続けるということで(島であるヴェネツィアでは特に、建材の調達が困難であったことからそうせざるを得なかった事もあるのだろうが)、昔の建物を壊し新築を繰り返すということは、それ以前にあった目に見えないもの達も一緒に壊し、一度壊してしまったら、それらを再び蘇らせることは不可能だろう、ということを、日々漠然と感じながら生活している。
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by sumiciki | 2011-02-13 04:40 | 日々の生活で

ヴェネツィア在住。雑記帳ブログ。
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