ヴェネツィア・スクラップブック

<   2012年 12月 ( 9 )   > この月の画像一覧




クリスマスも過ぎ・・・?


a0199341_039970.jpg

(↑リアルトで見つけた、フェルト製のプレゼピオ。モコモコしているところが、ちょっとカワイイ)

クリスマスもあっという間に過ぎ、今年もあと僅か。
きっと今頃日本の街では、あっという間にクリスマスからお正月への衣替え(?)が行われて、クリスマスの残り香は既に消えているのではないだろうか。

一方こちらヴェネツィアでは、まだまだサンタさんやクリスマス・ツリーがたくさんお目見えしたまんま・・・。
「クリスマスから新年への転換の速さ」・・・これって世界中こうじゃないんだな、と知ったのは、こちらヴェネツィアに住んでからのこと。

そして時々クリスマスの時期に日本に帰ると感じるようになったのは、
「あれ?イエスとマリアがいない・・・」ということ。
日本のクリスマスで目立つのは、なんといってもサンタクロースとクリスマス・ツリーで、イエスやマリアを含めた聖家族は殆ど見かけない、ということがどうも気になる(別に悪い意味ではないのだけれど)ようになった。
「日本は仏教国だから、宗教的色彩は濃くせずにクリスマスというイベントを祝う」と言ってしまえばそのまんまなのだけれど。

一方、こちらカトリックの総本山(?)バチカンを擁するイタリアのヴェネツィアでは、サンタクロースと共に、もちろんイエスやマリアもたくさん街にお目見えするし、クリスマスが過ぎたからといって、すぐにその飾り付けをしまい込むこともしない。
年が明けて新年になっても、まだサンタさんも、クリスマス・ツリーも、イエスもマリアも街にたくさんいるのです(笑)。

これは、クリスマスという祝日の後、年明けの1月6日が公現祭(エピファニア)で、キリストの顕現を祝う日まではキリストの降誕節として続いている、という考えがあるからだろう。
1月6日を過ぎるとさすがにサンタさんやクリスマス・ツリーも姿を消すけれど、
新年早々にイタリアを訪れた日本人にしてみると、「あれ?年が明けてもまだサンタさんがいる・・・」という発見(?)になる。

同じクリスマスでも、各国色々な祝い方だなあ、という実感。
でもきっと、多くの子供達にとって「サンタさんがプレゼントをくれる」祝日は同じように嬉しい日に違いないんでしょう。

a0199341_040323.jpg

[PR]



by sumiciki | 2012-12-28 00:36 | ヴェネツィア

霧のサンマルコ 

a0199341_2241684.jpg


つい先日、黄金色の夕暮れのサンマルコをアップしたばかりだけれど、
今日は、霧に包まれるサンマルコ。

昼間の天気は、少し変わっていた。
霧が出ているのに、その霧の向こうから陽が射す。
対岸のサン・ジョルジョ・マッジョーレ島も霧の向こうでよく見えないのに、
その上に太陽が光を柔かく投げているのだった。

a0199341_2241551.jpg


こちら↓は夕方のサンマルコ近く、リーヴァ・デリ・スキアヴォーニの写真。
先日の、黄金色の夕暮れの日と同じ時間というのが嘘のよう・・・。
こちらの霧の景色も美しい。 が、
・・・・・・寒い。

a0199341_22421963.jpg

[PR]



by sumiciki | 2012-12-18 22:37 | ヴェネツィア

「フォルトゥニーとワーグナー ~イタリアのヴィジュアルアートにおけるワーグナー主義~」展


a0199341_948684.jpg

(写真:パラッツォ・フォルトゥニーオフィシャルサイトより拝借)

2013年がワーグナー生誕200年ということで、先日フェニーチェ歌劇場のオペラ開幕公演でもヴェルディ作「オテッロ」と並んでワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」が上演されたばかりだけれど、ここフォルトゥニー美術館(芸術家マリアーノ・フォルトゥニーの生前の邸宅&アトリエが美術館となっている)でも12月8日から、ワーグナーをテーマにした企画展が始まり、150を超える数の作品が展示されている。

a0199341_9525548.jpg


1800年代末から1900年代初めの数十年間にイタリアのヴィジュアルアートに大きな影響を与えたといわれる、ドイツの偉大な音楽家であり作曲家であるワーグナーとその「ワーグナー主義」、このテーマを扱ったイベントは今まで例が無いのだそう。

この「ワーグナー主義」というもの、文学・音楽・絵画等の幅広い表現分野において文化的流行をみたらしく、特にヴィジュアルアートの分野では、19~20世紀を通じ後期自然主義や象徴主義、リバティ様式などと共に美学上最もティピカルな表現運動のひとつだったが、その中心人物が、このマリアーノ・フォルトゥニーだった。

ワーグナーは1813年5月22日ライプツィヒ生まれで、1883年2月13日ヴェネツィアで没。一方マリアーノ・フォルトゥニーは1871年5月11日スペインのグラナダ生まれ、1949年5月2日ヴェネツィアで没。
マリアーノ・フォルトゥニーが永住の地となるヴェネツィアに移り住んだのは1889年(1874~88年、父の没後家族と共にローマからパリへ移り、その後ヴェネツィアへ移った)だから、ワーグナーの没後、ということになる。しかし彼はパリ時代にワーグナーの作品に接し、1892年には現在も音楽祭で有名なドイツのバイロイトへ足を運んでおり、ここで既に完成していたバイロイト祝祭劇場(ワーグナーが自身のオペラ上演のために企画設計した)を見たらしい。
既にパリでタレントを花開かせていたフォルトゥニーだが、ワーグナーの作品に魅せられた後のヴェネツィアでの彼のマルチぶりは・・・更にグレードアップ。
そんな彼の作品達が、ここに、彼の邸宅兼アトリエに、彼が暮らし、動き、作品を考え出したその場所に、展示されている。

a0199341_9552482.jpg

(写真:パラッツォ・フォルトゥニーオフィシャルサイトより拝借)

ワーグナーオペラのシーンの絵やスケッチ、バイロイト劇場やテアトロ・デッレ・フェステの模型(どちらも今回の企画展のためにヴェニス・インターナショナル・ファンデーションにより復元された)、ミラノスカラ座での「トリスタンとイゾルデ」舞台装置模型、照明や各種装置、雲を映写する為の装置のスケッチやガラス、なんていうものまで・・・エトセトラ、エトセトラ・・・。
中には、フォルトゥニー自身が室内でなにやら棒のようなものを肩に担いで、オペラのワンシーンのモデルになっているかの様な写真まであった(1895年頃のもの)。まるで「他人に任せておけないから自分でモデルになっちゃった」という感じで写っているフォルトゥニー(←勝手な想像ですが)。
そしてもちろん、彼自身がデザインした舞台衣装も展示されている。

フォルトゥニーの、この熱中ぶり・・・が、こちらにも伝わってくる感じだ。
「ワーグナー主義」なのかもしれないが、見ているうちにこちらが「フォルトゥニー、こんなことにまで手を出しちゃって・・・まあ・・・」と、なんだかヤンチャな子供の猪突猛進っぷりを眺めている様な(フォルトゥニーさん失礼)気分になってきて、楽しい。
個人的に、ここの美術館は企画展も常設展も大好きなのだけれど、今回の企画展でもフォルトゥニーのマルチっぷりは躍動していて、それがたっぷり味わえる。
サスガ、企画展のタイトルに「フォルトゥニーとワーグナー」と2人の名前が並べられているのも頷ける。

作品のドラマ、美術、建築空間、歌と踊り、そして詩、その全てが総合的に一体となって共通の目標へ向かい作用していくこと。その実現のために、デザイナーと技術者が共に仕事をしていくこと。マテリアルそのものとそれを構築していくプロセスに関する確かな知識を持つことこそが、作品のクオリティをより良いものにしていく道であること。
ワーグナーの作品を通じてフォルトゥニーはこうした新たなビジョンを得て、新しいタイプの劇場デザインを実現していったのだった。
今までの展覧会ではいつも、フォルトゥニーのマルチっぷりを単純に「すごいすごい」と見ていたけれど、そのマルチぶりを支える彼の思考は、こういうところにあったのかもしれない、と思いながら、興味深く見た。

a0199341_9504686.jpg

(写真:Quotidiano Netより拝借)

「ワーグナー主義」と副題にあるように、もちろんフォルトゥニーだけの作品だけではなく、今回の展示は1800年代末から現在に至るまで、ワーグナーにインスピレーションを受けた芸術家の作品もたくさん見ることができる。
現代のアーティストでは、アンゼルム・キーファーやアントニ・タピエス、ビル・ヴィオラ、ジョアン・ブロッサなど。
ここの美術館は、いつもその展示構成のセンスにうーんと唸ってしまうのだけれど、今回も、例えばブロッサの現代版のユニークなワーグナーの肖像画(?)が、1800年代終わりの、いわゆる正統派の肖像画に並べて展示してあったり、照明を暗くした展示室の中で巨大なAdolfo Wildt作の「パルシファル」の彫像が浮かび上がっていたりと、「ただ並べてある」だけではないのが、また楽しい。

他にはワーグナーを扱った雑誌やカリカチュア、1900年代前半のミラノスカラ座の公演ポスター等など、ワーグナーオペラ好きな方が見たら喜びそうなものも色々展示されている。
ベートーベンとワーグナー、2人のデスマスクも、並んで展示されていた。


最後に、ひとつ。
最上階(3階)展示室に、写真家Ditta Naya(1858-83年)撮影の写真が、「ヴェネツィアでのワグネリアン・イティネラリー」というタイトルで映像展示されているのだが、ワーグナーが滞在していた1800年代後半のヴェネツィアの風景が見られて、これがなかなか興味深く、思わず見入ってしまった。
人のまばらなヴェネツィアの街。まだ鉄製のアッカデミア橋。サンマルコの鐘楼は、まだ倒壊する前のものだ。変わったものと変わらないもの・・・。
そして・・・ワーグナーがその生涯を終えた場所、現在はカジノになっているヴェンドラミン・カレルジ。
ここの大運河沿いの壁面には、現在は彼の横顔のレリーフと共に「ここでリヒャルト・ワーグナーが生涯を終えた」と彫られた銘板があり、水上バスからも眺めることができるのだけれど、これが、まだ無い・・・。
まったくもって当然のことなのだけれど、ワーグナーの辿ったヴェネツィアのその風景の中で、彼はその壁面に将来自分がここで死んだことを表記した銘板が掲げられると、想像できただろうか・・・。
不思議な気持ちで、会場を後にしたのでした。

「フォルトゥニーとワーグナー ~イタリアのヴィジュアルアートにおけるワーグナー主義~」展
会場:パラッツォ・フォルトゥニー
2013年4月8日まで
開館時間:10~18時(チケット売場~17時)、毎週火曜日、12月25日・1月1日休館
キュレーター:Paolo Bolpagni
会場構成:Daniela Ferretti

Fortuny e Wagner
Il wagnerismo nelle arti visive in Italia
Palazzo Fortuny, San Marco 3780 – San Beneto, Venezia
8 dicembre 2012 – 8 aprile 2013
Orario: 10.00 – 18.00 (biglietteria 10.00 – 17.00); chiuso il martedì, 25 dicembre e 1 gennaio
A cura di Paolo Bolpagni, con l’allestimento di Daniela Ferretti

◆イタリア政府観光局(ENIT)の記事はこちら
◆パラッツォ・フォルトゥニーのオフィシャルサイトはこちら

a0199341_9533013.jpg

[PR]



by sumiciki | 2012-12-17 10:16 | 美術

12月の夕暮れ

a0199341_2219153.jpg


ここ数日は雨続きのヴェネツィア・・・。
でもその前はいい天気の日が続いていた。
なにかと大変なアックア・アルタも12月に入ってからは収まっている。

寒さは増してきているけれど、
それだけ空気の澄んだ、晴れた日の夕暮れの、美しい時節。

同じ晴れの日でも、夕暮れの空は毎日違う。
空全体が、柔かな薔薇色に包み込まれる日もあれば、
一部の空が桃色になってから、太陽の沈む西の空がまさに黄金色に輝く日もある。
サンマルコ広場の近く、リーヴァ・ディ・スキアヴォーニを歩きながら、その自然の贈り物に思わず見とれて立ち止まると、そこから街の西の方角、サルーテ教会のクーポラの方に太陽が沈んでゆく。
東の方角は、既に暗い灰色の宵の色。

この黄金色の輝きも、長くは続かない。
太陽が目でも追えるほど早く傾いて行って、30分も経つと、それまで見ていた輝きが嘘だったかのように、日暮れが訪れる。
日が暮れると・・・ずんと寒くなる。
早くホットワインで体を温めようっと(・・・と、結局は花よりダンゴなのでした)。
[PR]



by sumiciki | 2012-12-15 22:22 | 日々の生活で

ヴェネツィアで、アマルフィ料理をたっぷりと・・・

a0199341_8324612.jpg


私はなんでも「美味しい!美味しい!!」と食べてしまうタチなのと、写真が下手なのとで、
今まではレストランや食べ物関係のネタは書かないようにしていたのだけれど、
でもやっぱり美味しいものを食べた感激は書きたくなってしまったので、
今後はボチボチ書かせていただこうかな、と思います。

ただし、写真は下手なので・・・・・・
恐らくそれ程美味しそうには見えないと思います(涙)。
そこは、読んでくださる皆さまの想像力でカバーしていただきたく・・・。

昨日は、仕事の同僚且つ友人と共に、ヴェネツィアのレストランにてプチ忘年会。

こちらのレストラン、「ACQUA PAZZA」は、いわゆる日本語のヴェネツィアのガイドブックには、今まで私は掲載されているのを見たことがない。
というのも、ここはいわゆる伝統的な「ヴェネツィア料理」のレストランではなく、
アマルフィ出身の経営者が、ヴェネツィアでアマルフィ地方の伝統的料理をベースにした料理を提供しているお店だから。
魚介の料理を美味しくそして美しく出してくれるので、「ヴェネツィア料理」にこだわらず、「魚介を美味しく食べたい」という方には、なかなかいいと思う。

そして・・・胃袋の大きめな方、「美味しいイタリア料理をお腹いっぱい食べたい!」という方には、更にいい。(←つまり昨日の健啖家&欠食児童の忘年会メンバーには最適)。
それほど、一皿一皿が、大きくドカーンと、そして美しく、出て来る。
オーダーの時にメニューを見ると、少しお高い感があるかもしれないが、それはきっと一皿が大きいから。日本人の方は、1皿を2人でシェアしてオーダーした方がよさそう。

a0199341_8403871.jpg


a0199341_841398.jpg


私達は、グランセオラ(クモガニ)のパスタに、アスティチェ(オマール海老)のパスタをシェア。
どちらも美味しい・・・。そしてオマール海老のプリプリ感・・・。
それまでおしゃべりに花を咲かせていた私達、急に食べる事に集中・・・「おいしいねえ」「うん、おいしいねえ」と、話題もそればっかり(笑)。
写真が下手で失礼・・・。

a0199341_8413353.jpg


セコンド(メイン料理)には、こちらはヴェネツィア名物でもある魚介のフリット。
イカ・タコ・小魚・海老・小海老などのフリット盛り合わせだが、これがまた大きなお皿でドカーンと出て来るので、くれぐれも一人で一皿オーダーしないようにしましょう(笑)。
フリットがとてもあっさりと軽く揚がっていて、こちらも美味しい。
繊細に、でもボリュームはたっぷりと。

そしてここのお店のデザートの名物は、ソルベ(シャーベット)の盛り合わせ。
色々な季節の果物のソルベの盛り合わせなのだが、
昨日は栗やクルミ、柿、イチジクなどがあって、なかなか珍しく、そしてこれがまた美味しい。
気が焦り過ぎて、写真撮るのを忘れました・・・。

店内の設えや料理は美しく、でもお料理はドカーンと出す・・・このドカーンという感じのおもてなしがいかにも南イタリアらしい。
まるでお店のスタッフ全員から、「うちのレストランに来てもらったからには、満腹になって帰ってもらいますヨ」とサービスされている感じだ。これが嬉しい。そして実際、毎回100%満腹になって、「ま、負けた・・・」という感じでいつも帰途に着く私達。

a0199341_842778.jpg


そしてこの「ドカーン」というおもてなし感、これは他にもひとつある。
イタリアで外食する場合、大抵「コペルト」というテーブルサービス料のようなものがかかるのだが、
ここのレストランはそのコペルトが一人当たり5ユーロと、ちょっとお高め。
ただし、そのコペルトの中には、突き出しに出て来るたっぷりのブルスケッタと、食後のお酒(リモンチェッロやメロンのリキュール等)が含まれていて、食後のお酒などはボトルでドーンと(昨日は2本も)出してくるので、これはお得だと思う。特に食後酒がお好きな方には。「好きなだけ飲んでって」というもてなしぶり。

個人的には、春夏秋の、広場に面した屋外席が気に入っている(冬の寒い季節は室内席のみ)。
サンタンジェロ広場を眺めながら、風通しの良い屋外席での食事は、とても気持ちがいいです。

そして、美味しくたっぷりの大皿のお料理には、もちろん共におしゃべりを楽しむ健啖家の仲間が不可欠!
来年もまた楽しいプチ忘年会ができるといいな。




注:ドレスコードで、短い丈のパンツ(ズボン)だと入店できません。男性の方はその点だけご注意を。

(1枚目の写真のみレストランのHPより拝借)

Ristorante Acqua Pazza
San Marco 3808,30124,VENEZIA
(Canpo Sant’Angelo)
Tel (+39)041-2770688
(月)休み
http://www.veniceacquapazza.com/it/
[PR]



by sumiciki | 2012-12-14 08:32 | 食関係

フェニーチェ歌劇場 オーケストラのコンチェルト②

a0199341_947743.jpg


前回の続きです)
今回のコンチェルトのチケットは、劇場窓口で相談しながら「指揮者の振る手が前方からよく見える席」を購入。
窓口のシニョーラが、「ここならバッチリ見えるわよ」と太鼓判を押してくれていた席は・・・

a0199341_950227.jpg


パルコ・シェニコ(舞台)のすぐ上手脇、
そしてなんとコントラ・バス奏者の正にすぐ後ろ・・・!!
しかも2人の奏者が譜面台を真中に置いて座っていたのだが、私の席は二人の間のすぐ後ろだったから、まるで私も含めて3人並んで楽譜に向かっている状態。
実際に手を伸ばせば、バス奏者の頭も撫でる事が出来るしコントラバスにも触れられる位の近さ(勿論手は出しませんでしたが)。

ちょうど同じボックス席の後列に座っていた男性がコントラバス奏者の一人の友人だったようで、休憩時間中には、目の前の舞台の上から奏者が顔を出して来て私のすぐ脇で、彼等2人が「チャオ」「おっ、お前、ここで何やってんの?」と握手しながら立ち話までしている。それ程舞台に近いボックス席、それにしてもなんとも気さくなフェニーチェ歌劇場・・・。

a0199341_9511738.jpg


演奏が始まると、当初はディエゴ・マティウスの指揮を眺めながらチャイコフスキーの交響曲を楽しみたい、と思っていたのだが、なにせ自分の目の前にあるコントラバスの楽譜のオタマジャクシ(それ程近かった)が視界に飛び込んで仕方がない。
しかもそれに合わせてすぐ目の前(というか両脇と言ってもいい)にいる2人の奏者が演奏するものだから(当たり前だが)、思わず私も楽譜のオタマジャクシを追っているうち(門外漢でもどの部分を弾いているか程度は分かる)、なんだかコントラバス奏者の一人の様な気分になってしまった(我ながら単純)・・・。

そしてまた、そのつもり(あっという間にそのつもりになってしまう性格の私)になって楽譜を追っていると、一観客でしかない、そして音楽には門外漢の私にまでオーケストラで演奏する事の面白さがビリビリと伝わって来るのだった。
ここの全体の音の中で、バスにはこの音を配するのか。
バスが休みに入った途端、今度は管楽器が流れを引き継ぐんだ。
ここの数小節のオタマジャクシ、実際には他の楽器が止まって、バスの音がとても目立つ部分だったんだ。
楽譜上ではコントラバスが同じテンポで音を繰り返しているけれど、実際の音楽ではこんなにドラマティックな展開になるのか。乗ってきた乗ってきた、すごいな、20代後半~30代前半のチャイコフスキー。

目の前の本(譜面)がそれもまた眼前の舞台の上で表現され別のものになっていく面白さ、それはなんだか、戯曲を読んでから実際のお芝居を観る時の面白さにも似ている。

a0199341_9551670.jpg


それにしても、あまりに舞台に近い席だったことで、心理的には「フェニーチェの観客」というよりはまるで「どこかの学校の管弦楽部の新入部員」みたいなことになっていた・・・。

ちなみに、指揮者ディエゴ・マテウスが時々コントラバスの方に向かって合図する時などは、「うわっ、私を見てる!」(見ているわけがない)
・・・・・・感情移入し過ぎて自意識過剰状態。
それにしても、これだけの別々の楽譜と楽器をひとつのものにしていく指揮者というのは・・・同じ人間とは思えない・・・。


音楽に関しては全く門外漢な私が、まるでフェニーチェ管弦楽団の奏者の一人として舞台上で指揮者に向かっている様な臨場感。これは・・・スゴイ(というかむしろ私が単純なだけなんだが)。こんな楽しみ方があったのか、恐るべし、そして奥深きフェニーチェ(ちょっと大袈裟か)。
あ~、楽しかった・・・。

本当はフェニーチェ歌劇場の若き常任指揮者、ディエゴ・マテウスについてご紹介するつもりだったのだが・・・・・・またそれは別の機会に。

a0199341_9484864.jpg


プログラム:
ピョートル・チャイコフスキー
交響曲第2番ハ短調 作品17「小ロシア」
交響曲第1番ト短調 作品13「冬の日の幻想」

指揮:ディエゴ・マテウス
演奏:フェニーチェ歌劇場管弦楽団


Direttore:Diego Matheuz
Tipologia:STAGIONE SINFONICA 2012-2013

programma
Piotr Ilic Cikowsk
Sinfonia n. 1 in sol minore op. 13 Sogni d inverno
Sinfonia n. 2 in do minore op. 17 Piccola Russia

Orchestra del Teatro La Fenice
[PR]



by sumiciki | 2012-12-10 10:04 | 映画・舞台など

フェニーチェ歌劇場 オーケストラのコンチェルト① フェニーチェのチケット購入は・・・

a0199341_9352858.jpg


「オテッロ」と「トリスタンとイゾルデ」で華やかにオペラシーズンが開幕したここヴェネツィアのフェニーチェ歌劇場だが、この2公演も終わり、オーケストラのコンチェルト公演が行われている。

余談だけれど、このフェニーチェ歌劇場のチケットを買う時、私はいつも劇場窓口で買うようにしている。

何故かというと、まず第一に、フェニーチェ歌劇場の座席はバリエーション豊かだから。
というのも、例えばインターネットでオペラ公演のチケット等買うことも勿論できるのだけれど、窓口に直接行って買うと、ネットでは販売していない値段の安い席のチケットが買える。
座席の種類も「(舞台が)全ては見えない席」とか「(舞台は見えず)聴くだけの席」といった名前がついていて、チケットの値段も公演によって違うが、10~20ユーロ程度から買える事が多い。
日本でいうと歌舞伎座の幕見席みたいな手軽さだけれど、勿論一幕だけではなくて全部観られる。そしてこれらのチケットは当日だけではなくて前売りでも買う事が出来る。

海外からヴェネツィアを訪ねてフェニーチェで観劇というような貴重な機会なら、良い席で観劇するに越した事はないけれど、例えば音楽を勉強している学生さんや、何度か通って聴きたいという人にとって、これらの席はありがたい。
歌を学ぶ学生にとっては、舞台は直接見えなくても声だけ聴ければまずは良いだろうし、実際には入場してから舞台が見える場所に移動して、立ち見で観ている人も結構いたりする。

手頃な値段で何度も聴く事ができれば、それだけ勉強にもなるし、そうやって音楽に親しむ人間が育って行く事で、長い目で見ると音楽の土壌は培われ豊かになっていく。
高い値段のチケットで1回だけ押し頂く様にオペラを聴いても、それではいつまでも他所様のもの、となりがちだろう。

そして第二の理由は、窓口の係の人に具体的な希望を伝えて、相談しながら買えるから。
比較的空いている時に行くようにはするが、いつも「○○席を○枚」、とすぐには言わない。

希望の値段上限と、例えば「舞台は見えなくていいけれど、オーケストラ、特に指揮者がよく見える席はどこかな」とか、「指揮者を後方から、ではなくて、前の方から、振る手は見えるかな」、とか、「この値段のチケットだったら、やっぱりセンター近くの方が全体の音を聴くにはいいのかな」、とか。

簡単に言ってしまえば、安い席のチケットしか買えないビンボー人のあがきなのだけれど、これが結構、窓口の人は親切に相談に乗ってくれるのだ。イタリア人はこういった個人的な相談に、窓口などでも結構親身にしてくれる事が多いのだけれど、ここでもそんな感じだ。

英語でもイケル筈なのでイタリア語は無理という方でも、こうやって買うといいかもしれない。
ただし、窓口が空いていて時間をかけても大丈夫な時を狙う事と、「私はせっかくの公演を楽しみたいのよ」という気持ちを滲ませることと、希望を具体的に伝えることがポイント(ちょっと大袈裟だが)。

近代的な劇場と違って、フェニーチェのような昔ながらの劇場(1996年に火事で全焼したが、従前の姿で再建された)だと、席によっては(同じボックス席でも)前列後列で全然見え方が違ったり(値段も勿論違うが)、柱や手摺りや照明が視界の一部を遮っていたりするし、平面プラン上観客席全体のカーブが結構きつい上フロア階数も色々だから、同じ位の値段の座席でも場所によって大分見方・聴こえ方が異なる。
プラテア席以外だと、どこかしら見難い席の方が多い、と言ってもいい位。

だからチケット購入前に窓口で直接相談あるいは確認というのは、なかなか良い方法では、と思っている。

シンフォニーのコンチェルトの事を書こうと思いながら、チケットの話だけになってしまった・・・。
[PR]



by sumiciki | 2012-12-09 09:32 | 映画・舞台など

ヴェネツィア人から受ける、日本人についての質問


a0199341_86330.jpg


ヴェネツィアに住む日本人ということで、イタリア人(というかヴェネツィア人)の知合いや友人にちょくちょくされる質問、というのがいくつか。

例えば・・・
「日本人は人前や路上でキスとか抱擁をしないって本当か」→答:「しません。(若い人はするかもしれないけど)」
「キスも抱擁もしないで、どうやって愛情や親しみを示すんだ」→答:「・・・おじぎ、かな・・・。」
ヴェネツィア人の反応「・・・・・・(理解不能の沈黙)」

この質問は、頻度としてかなり多い。そして、私の答えに対して(つまり、お辞儀で敬意を示すという事について)、彼等は頭では理解しても感覚として理解できないので、たいてい「うーむ・・・」となる。まあ家族間ではお辞儀するというのはあまり無いだろうけれど、基本的に「直接体に触れなくても親しみを表すモード」というのが、彼等には感覚的に理解しづらいんだろう。

他には、「人が亡くなった時にかかる税金があるって本当か」→答:「本当です。」とか。

こんなのもあった。
「日本では、夏時間と冬時間が存在しないのか??」→答:「ありません。一年中ずっと同じ。」
私が答えると、質問してきた相手は、「ひええー、一年中同じなんだ!これは(イタリアの)テレビのクイズ番組の問題に出したら、当てられる人少ないと思うな~」と言って、嬉しそうに周りにいる人達に「クイズ!」と出題していた。
私にしてみたら、未だに春と秋に時計を1時間ずらす事に気持ちが慣れず、そちらの方が不思議なのだが・・・。

また、「キミの名前、どんな意味なの?」→答:「幸運と長寿と美しさを持った女性。」
→質問つづき「『雪子』は?」→答:「雪のような女性」
→ヴェネツィア人の反応「・・・素敵だねえ。インディアンの名前みたいだ」
→私の反応:「・・・・・・(確かに、そう言われてみるとそうかも・・・)」。

この場合、質問した彼の頭の中では、「雪子」と「ダンス・ウィズ・ウルヴス」が一緒になっているに違いない。聖人聖女の名前だらけのイタリア人にとって、雪子もダンス・ウィズ・ウルヴスも、名前自体が何かの意味を持っているという点で同類なのか。

そしてそして、夏になると抜群に多くなるのが、次の質問。
「どうして日本人の女性はあんなに太陽の日射しを避けるのか???」

上の様に聞いて来るヴェネツィア人はまだ、日本人観光客の女性が「太陽光」を避けている事を知っているだけマシだが、それが分からない人は、「どうして日本人女性は夏なのに長い手袋をはめているのか?」と訊いてくる。ごもっとも・・・・・・。

ツバ付き帽子、夏なのに長い手袋。時には首にスカーフもしくはハイネックのシャツ。
これらは「美白死守」というキーワードで解決できるのだが、「夏はキレイに焼けてナンボ」のヴェネツィア人(というか恐らく多くのイタリア人)にとっては、「美白」を説明してもかなりピンと来ない(ここでもまた、頭では分かっても感覚として分からない、という感じか)。

女性に対する夏の挨拶で、「キレイに焼けて・・・」という常套句がある程の彼等にとっては、どうして肌を焼かないのか?なぜ敢えてそれを避けるのか?という不思議なのだろう。

そういえば昔テレビ番組で、北野武さんが司会をしていた「ここがヘンだよ日本人」という番組があったっけ・・・もし今これを見る事ができたら、より一層面白く見られそうだな、と思う今日この頃。
こういう事も「ヘン」とまでは言わないけれど、「ここが不思議だ日本人」くらいにはなっているかもしれない。
まあ逆にいえば、「ここがヘンだよイタリア人」という逆バージョンも、かなり面白いものができそう、ですが。
[PR]



by sumiciki | 2012-12-04 08:28 | 日々の生活で

フェニーチェ歌劇場  「トリスタンとイゾルデ」

a0199341_2113979.jpg


ヴェネツィアのフェニーチェ劇場にて、今年もオペラのシーズンが幕を開けた。

幕開け公演はヴェルディの「オテッロ」と、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」。
この19世紀を代表する二巨匠、ヴェルディもワーグナーは共に1813年生まれ、来年2013年は二人の生誕200年にあたる。アルプスの北と南で同時代に活躍した二人(しかしワーグナーはヴェネツィアにも滞在していて、「トリスタン~」の第2幕をヴェネツィアで完成させている)の巨匠の代表作を、ほぼ日替わり公演の様に聴く事が出来る、そして指揮は二公演ともチョン・ミョン・フン(Myung-Whun Chung)という華やかな企画。
北方の神話や伝説の世界を題材にし、シンフォニックな音楽の響きの上にオペラが乗って行くようなワーグナーの世界と、人間の愛が陰謀や運命にさいなまれていくドラマを、歌い手とその声に乗せて展開させるヴェルディの世界。前者はドイツ語、後者はイタリア語。この両公演を、間に一日入れて連続で聴けたのはなんとも嬉しいこと。

「オテッロ」公演は来年4月に日本(大阪・名古屋・東京)公演が予定されているそうだが、この「トリスタン・とイゾルデ」は行かないのが個人的には残念。
まあ、フェニーチェ歌劇場の来日公演として、生誕200年であるイタリア人のヴェルディの代表作、しかもヴェネツィアの香りを含んだ「オテッロ」を選ぶのは、ご尤も、なのだけれど。

アイルランドの王女イゾルデは、イングランドのコーンウォールを治めるマルケ王に嫁ぐため、王の甥であり忠臣であるトリスタンが護衛する船でイングランドに向かうが、その船上で彼に飲ませまた自分も飲んだ毒薬は、侍女ブランゲーネが咄嗟に用意した愛の薬だった事から、愛と悲劇が展開していく・・・。

音楽と歌い手は勿論だが、舞台装置と照明が印象的。
シンプルなセットの開口部から舞台の床面や壁面に落ちる光が、登場人物の影を大きく映し出し、それが人物の中にある悲しみや悩みを象徴的に表しているかの様な影となり、密会の場で二人が愛を語る場面でも、愛する者にやっと会えた喜びにもそこには悲劇が寄り添っている事を、その無言の陰影が伝える。

全3幕で約5時間(休憩2回含む)、しかしあっという間だった、というのは極端かもしれないが、ぐいぐいと音楽と歌と話の展開に惹き付けられて一気に5時間経ってしまった、という感じ。逆に言えば、その間観客を舞台から離さない音楽と歌い手に拍手。

(写真はフェニーチェ歌劇場公式サイトより)


トリスタンとイゾルデ (Tristano e Isotta)
azione in tre atti
libretto e musica di Richard Wagner
dal romanzo in versi Tristan di Gottfried von Strassburg
prima rappresentazione assoluta: Monaco di Baviera, Koenigliches Hof-
und Nationaltheater, 10 giugno 1865

Tristan - Ian Storey
Koenig Marke - Attila Jun
Isolde - Brigitte Pinter
Kurwenal - Richard Paul Fink
Melot - Marcello Nardis
Brangaene - Tuija Knihtila

maestro concertatore e direttore:Myung-Whun Chung

regia:Paul Curran

scene e costumi:Robert Innes Hopkins

light designer:David Jacques

Orchestra e Coro del Teatro La Fenice
maestro del Coro Claudio Marino Moretti
[PR]



by sumiciki | 2012-12-02 21:05 | 映画・舞台など

ヴェネツィア在住。雑記帳ブログ。
by sumiciki
プロフィールを見る
画像一覧
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

最新の記事

洗濯物干しイロイロ
at 2013-04-25 19:36
春・始まる
at 2013-04-16 08:04
船トラフィック
at 2013-04-15 05:14
中世の建物で、詩の朗読を聴く
at 2013-04-11 19:57
夜の光と陰と、そしてアックア..
at 2013-04-08 20:48

最新のトラックバック

検索

ファン

ブログジャンル

画像一覧