ヴェネツィア・スクラップブック

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無謀なる?「ブロガーコンテスト」応募

先日、知り合いからお話をいただき、「ラフスピブロガーコンテスト」というものに応募してみました。

なんでも、「ラフスピ」という国内・海外で活躍する旅行に親しむ女性達のブログを紹介しているサイトがオーガナイズしているコンテストだそうです。

そしてなんでも上位若干名には、「自分の希望の旅行」がプレゼントされるらしい。
それはいい!・・・ということで、エントリー締切1時間半前にエントリーしました(私は昔からこうなのです、いつもギリギリ。既に投票も始まっていました・・・)。
どんな旅行をしたいか、という文章も載っていますので、もしよかったらご覧いただき、ご投票ください! ↓
ちなみに投票締切は(日本時間の)1月31日11時59分だそうです。もう秒読み、です。
http://woman.tabisuma.jp/contest2010/
(エントリー写真で、ヴェネツィアを背景にゴンドラに載っている写真をクリックしていただくと、ニックネームcikiでエントリー文画面が出てきます。そこの「投票する」ボックスをクリックすると投票していただけます)

しかし、ブロガーコンテストに応募しながらも、私はブログを書いたことがなかった・・・(笑)。
きっと、こんな参加者は、私くらいなのでは。エントリー後、その話を聞いた数人の友人からは「なんと度胸のある(=身の程知らず、と暗に言っている)・・・」と言われました。ごもっとも。

今までブログとはあまりにも疎遠な生活を送っていたので、自分から情報発信することはおろか、自分の友人達のブログを読む程度でした。
今回コンテストに参加してみて分かったのは、ブログをある程度の期間書き続けていて、ブログランキング1位とか上位、といった人達の投票数の高さ。ブログ読者の数って凄い(←今頃気付くなー、という皆さんからのつっこみが聞こえてくるようですが)。
きっと彼女達が「ご投票お願いします」と書くと、数十、百単位の票がぐんぐん集まるのでしょう。これは凄い。私の知らない世界(笑)。

ただ、今回の私のエントリーにあたって、
私に投票してくださっているのは(私のブログが始まったばかりで零細であることを考えると)エントリーした後メールで図々しくもお知らせした友人達と、そして純粋に私の「こんな旅行がしたい」というエントリー文を読んで共感してくださった方達、ということになるわけで、それが250票以上というのは、私が予想していた以上のもので、これは本当に感謝、感謝なのです。
この場を借りて、お礼申し上げます。

また今回、我ながら面白かったのは、やはり得票数は私なりに気になるわけで、その点だけはまるで選挙期間中の政治家のような心境(笑)。「自分の政策アピールがあってもまず得票しなければ始まらないのだ」と思い知ったり、「かつて東京都知事選に出馬した内田裕也氏はどのような動機だったのか」と思い出したり(笑)。

新しい年が明けて、まずは何かやってみる、といういい機会になっています。
なにせ、エントリーはタダですから(笑)。
まあ、「タダより高いものはない」とも言いますけれど・・・。

「自分は、どこに行って、何を見たいか」「それはなぜか」「自分は何に関心があるのか」といったことを改めて考えています。

月末までのご支援(明日ですが)、どうぞよろしくお願いします!
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by sumiciki | 2011-01-30 23:03 | 日々の生活で

ゆるいポスター広告、に思うこと


突然ですが、ヴェネツィアのポスター広告が、ゆるい。

先日ヴェネツィア市民の足、ヴァポレット(水上バス)の停留所に行った時に見たら、
昨年11月で終了した建築ビエンナーレのポスターがまだ貼ったままだった。

もう1月も終わりというのに、まだクリスマス気分のポスターがあったり↓
(後で写真を見直したら、下方のいたずら書きをされているお気の毒なオネエサンの方が目立っている。見難くてすみません)
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「もうこれは、宣伝してもしようがないのでは・・・」と余計な老婆心が込み上げること、今までも度々。
さすが、古きものを大切にする国、イタリア・・・か!?

私なぞは東京育ちだったから、都心の交差点や駅など、どこもかしこも広告だらけといっても過言ではない環境にもはや慣れてしまっている。
今から思うと、中でも都内の駅や電車内の広告ビジネスというのは、一消費者に過ぎない見る側の私からみても、「激烈」であった。
まず自動改札では券(ちなみに今でもスイカという名称でよいのだろうか。甚だ自信が無い)をタッチする部分に広告。電車に乗るとハイサイド部や吊広告は当然としても、乗降扉の周りには小さめの広告ステッカーや液晶画面の映像広告。前に何かで読んだことがあるが、場所によって広告料は違い、乗降客が目にする数と頻度の多い部分とされている場所の広告料ほど高いのだとか。もう、車内のあちこちから「コレ、買ってヨ」とか「冬の京都もいいどすえ」という声がこちらに向かって突撃してきていたものである(こうは言っているが結構車内広告を見るのは好きだった)。
しかも期限(契約の広告掲示期限ということなんでしょう)が切れると、素早く次の広告に替わる。
有効なスペースを最大限有効活用し、電車を利用する消費者達に、乗車時間内で商品を効果的に宣伝し、消費活動に繋げてもらう・・・車輛は広告媒体と化していた。

話を戻して、ここヴェネツィアの広告からは、「スピーディーさ」というものがひとっかけらも感じられない。
別に「スローでいきましょう」とか「スローライフ」と声高に言うつもりは更々ないけれど、しかし、目に攻撃的なまでにマスとなって押し寄せて来るスピーディーな広告や、「私は一消費者としてターゲットにされているな」という漠然とした自覚を全く感じないことの気の楽さ。

そういえば、昔懐かしのホーロー看板広告っていうのがありましたっけ。
「ボンカレー」とか、「オロナミンC」とか。
あれらも、掲示したらそのまんまで、特に期限とかなかったのではないでしょうか。古い造りのお店の外壁や、田舎の駅で、大村崑さんや松山容子さんが時には錆びつきながらも微笑んでいたような。
そしてそんな広告の方が、意外にも一消費者である私の心に残っていたりする。
これは、広告業界で今日スピーディーに広告を発し続けている方々には計算外の効果、なのかもしれません。

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by sumiciki | 2011-01-29 01:26 | 日々の生活で

移民

日本に暮らしていた時には遠かった、そして今は身近に感じるようになった単語がある。「移民」だ。

ちなみに「広辞苑」によると、
移民:他郷に移り住むこと。特に、労働に従事する目的で海外に移住すること。また、その人。
日本では「プチ整形」などと言うらしいから、私は「プチ移民」かもしれない。

自分とその周囲に「移民」を強く感じる機会、それはイタリアの滞在許可申請手続きを行うために、クエストューラ(県警察本部)に赴く時。
ここクエストューラに集まるのは、滞在許可を得る必要のある国の外国人達。アジア人はもちろん、一部東欧やアフリカ、そしてアメリカ人もここでの手続きが必要。
つまり、イタリアにいながらここばかりは外国人だらけ、イタリア人は署員と申請の同伴者が少しだけしかいない、というなんとも特殊な状況が出来上がっている。

特殊な状況、というだけでは伝わりにくいかもしれない。外の街とは、そこに漂う雰囲気があまりに違う。
ヴェネツィアの街で毎日の様に見かける、イタリア人同士の楽しく賑やかな世間話、とは隔絶された空間。生活のベースを合法的に確保するために必死な光を目に宿した外国人だけがいる空間。

滞在許可がもらえなければ、合法的にはイタリアにいることができない、つまり合法的には仕事もできないし学校にも通えない、つまり何もできない(あくまでも合法的に、だが)訳で、合法的に住み続ける為にはこの手続きはなんとしてでもパスしなくてはいけない関門なのだ。しかも手続きは混乱しがち。来ている人達の目の奥に、「なんとか許可をもらわねば」という必死な気持ちが宿るのも当然だろう。

ここに来る度に感じるのは、「観光目的と住むことを目的とする(あくまで一般人の)のだと、国の態度はずいぶんと違うものだ」ということ。
観光でこの国を訪れる人は、大なり小なりの差はあれお金を落として去っていくが、生活目的でこの国に入国し住み続けようとする一般人は、国としては、お金を落とさないばかりかイタリア国民の仕事も奪うだろうし、犯罪も起こしかねない。とにかく、「ようこそイタリアへの滞在を決めてくださいました、ウェルカムウェルカム!!」という態度は、当然ながらここでは全く見られない。
私ももちろん、その審査対象の一人として扱われることになる。

冬の朝、整理券を受け取った後にも屋外で番号を呼ばれるまで1時間以上待たされる。さすがに寒いが、これでも数年前にシステムが変わり、煩雑で混乱を極めた手続きがだいぶ楽になった感がある。
ここのクエストューラの雰囲気も私が初めて訪れた頃に比べ大分良くなった気がする。
その時には朝の行列にはピリピリした空気が流れ、東欧の人らしい初老の女性が署員に「出ていけ!」と衆前で大声で怒鳴られているのも見たし、来たばかりの日本人の男性留学生から、「窓口の担当者に『イタリア語が話せないなら帰れ』と言われた」という話を聞いたこともある。私自身も、署員に並ぶ列を確認してから並んだのに指示された所が実際は違う列で、後で説明しても「もう整理券配布は終わったから帰るように」と追い払われるように帰されたこともある(冬の朝屋外で2時間以上待った後で!)が、こんなのは可愛い方だろう。とにかく署員と申請手続きを待つ人達の間でまず張りつめた雰囲気があり、また申請者同士もピリピリしているから近くで度々言い争っているのを耳にもした。
今回寒い屋外で待ちながら、「イタリアに暮らし続けるイタリア人には、ここで手続きを待つ人の気持ちは想像しにくいだろうなあ」と考える。
同様に日本の入国管理局では、滞在手続きを待つ外国人が今頃、「日本に暮らす日本人には、私達の苦労など知るまい」、と思っているのかもしれない。

やっと屋内に入るが、自分の順番はまだまだ。
アジア系では今回は中国人ばかりが圧倒的に目についた。大抵は家族や仲間とグループで来ている。アフリカ系の人も何人か、一緒に来ているような人達がいる。私はまずは留学目的で一人で来た訳だが、彼らは正に「家族ぐるみで働くためにイタリアに来た」人達だろう。同じ滞在許可手続きでも、私とは環境が大きく違う人達。
先に手続きが無事に終わったらしい一人が、まだ順番を待っている仲間に、「がんばれよ」という感じで挨拶して出て行く。

現代の日本人からすると、「収入目的でイタリアに行って働く」という考えは、よほど例外的な職でない限り珍しいだろう。料理や音楽、職人仕事の分野など、要するに日本ではできないことをイタリアに求めて働きに来る人はいても、ここに収入を求めて来る人は、相当少ない筈だ。
一方彼等は、まさに「母国を出てイタリアで収入を得る為に移り住んでいる」人達。彼等の母国での収入や就業率はイタリア以上に悪いという人達も多いだろう。彼らの目の奥の光がどこか必死であるのも当然かもしれない。

そして更にイタリアには、ここでの申請手続きを行わない不法入国・滞在者が数多といるわけで、またそれはいつか別の機会に断片的に書かせていただくことになるかも。ここで必死で合法的に手続きを踏む人達は、まだ「まとも」かもしれない。

屋外・屋内で3時間以上待ち、ようやく手にした滞在許可証。期限を見るとあと4カ月しかない。また手続きしなくては・・・。
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by sumiciki | 2011-01-28 12:21 | 日々の生活で

ピッツィカな夜



先日、友人に誘われて、「ピッツィカ」という踊りの夕べを覗きに出掛けた。
フラーリ教会(ティツィアーノの絵画があることで知られている)の付属施設となっている、ちょっとしたテアトロにも体育館にもなりそうな感じの建物で、ここで催されている一環のイベントのひとつ。
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舞台を観る、のではなく、ミュージシャン達が舞台上で演奏して、みんなで好きに踊って楽しもう、という形式(ヴェネツィアでピッツィカ教室をやっていて、そこが中心になっているようだった)。

この踊り、南部イタリアのプーリア地方のもの。ヴェネツィアではこんな機会にしか見られないけれど、そういえば以前プーリア地方の結婚式に出席した時に、延々と続いた食事会(午後に食べ始め、デザートを食べながら時計を見たら21時半だった。自分の胃袋のキャパシティに我ながら感謝した数少ない機会のひとつ)の合間に何度かダンスタイムがあって、皆好きに踊るのだけれど、その時何人かの女性達が独特な音楽と共に踊っていたのが、そういえばこの踊りだったのを思い出した。

この踊りを習っている友人によると、もともとはタランチュラに刺された患者を囲んで踊ったのが起源となっているらしい。たしかに「ピッツィカーレ(Pizzicare)」というイタリア語の動詞は、虫などに刺されることを意味する。
そのうちに踊りの場が社交の場、男女の出会いの場としても機能していったのだとか。
その起源を思い起こさせるように、ステップも音楽に合わせて虫を踏みつけるようなステップ。それが音楽に乗ると軽やかにイキイキとしてくるから不思議。

その日はダンスタイムの前に、アペリティーボのおつまみ、その後プーリア名物の耳の形をしたパスタオレッキエッテ、ワインが振舞われ、参加者の空腹(?)が充分に満たされてから、ミュージシャン達が登場。
微笑ましかったのは、まだ食事を食べている間にもBGMでピッツィカの音楽がかかっているのだが、あちこちでみんな既にむずむずと体でリズムを取りながら食べたりしゃべったりしていること。この人達、楽しそうだなあ。

ミュージシャン達は7人になったり8人になったり。ギター、歌(主に女性、時々男性も加わったり男性にチェンジしたり)、笛、タンバリン、そしてヴァイオリン。時々ギーコギーコ言う音の洗濯板のような楽器(←表現が乏しくて失礼)も登場。

音楽が始まると、皆、好き好きに踊りだし、どんどん盛り上がっていく。この小編成のミュージシャン達、速いテンポにスローにと、自由自在。
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会場はちょっとしたクラブのようになったけれど、クラブと違うのは皆メチャメチャ普段着感覚なのと、老若男女と参加者幅が広いのと、そしてどんなに盛り上がって個々自由勝手に踊っているように見えても、どこか不思議とステップが共通していること。
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そして音楽も、どんなに盛り上がっても、どこか物哀しい印象の、美しい旋律。イスラム系音楽の影響もあるのでは、と友人。
プーリアの音楽だけでなく、時々カンパーニャ地方の音楽やバシリカータ地方の音楽も織り交ぜて。それぞれ旋律も異なるし、踊り方も違うようだ。例えばカンパーニャの音楽がかかると、踊り手達は両手を上に挙げてカスタネットを鳴らすような仕草をしたり(実際音楽にはカスタネットが入る)。

所謂イマドキの若い子達もひとたび踊り出し歌い出すと、その地方の伝統の踊りと音楽に染まり出すのが不思議。

舞台を観劇するダンス、ではなく、自分が踊る自分の故郷のダンス。
私の中には、無いなあ、と感じながら・・・。

深夜になりまだまだ盛り上がる会場を出ると、外はシン、としたヴェネツィアの路地。
いい夜でした。
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ヴェネツィアのスポット情報をご覧になりたい方はこちらへどうぞ↓
http://www.tabisuma.jp/user/sumisumi
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by sumiciki | 2011-01-25 23:29

日本語を遠く離れて・・・

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「日本語を遠く離れて・・・」と書いてみると、いかにも外国で(私の場合イタリアで)、外国語を駆使して生活しています、という感があるけれど、実際には、ヴェネツィアという街の暮らしで、日本語を全く使わない日という方が珍しいほど、それなりに日本語を使っている。
私の場合仕事でも日本語を使うし、日本人の友人との会話は日本語、そして何よりもインターネットを見ればそこには日本語が溢れる。

勿論日常生活でも仕事でもイタリア語を使っているが、奥の深いイタリア語の前に私のイタリア語なぞ大したものではなく、日本語もへンになってきているから、私の現状は「イタリア語も日本語もへンな人」という非常に情けないことになっている。

昨日我が友人Mちゃんが「るるぶ」を「るぶぶ」と言ったのはカワイイ程度だが、
以前別の友人Mちゃんは「方位磁針」のことを「西か東か」と言い切った。これなんてもう、名詞ですらない(二人のMちゃん、勝手な引用(?)、失礼しました)。
日本人同士の会話が「そこの日本語・・・ちょっと違わないか?」と中断されて、日本語復習大会になることも度々(私だけだろうか)。
二人のMちゃん程ヴェネツィア歴の長くない私、自分のことは棚に上げているが、かくいう私も先日「美容院」のことを「パーマ屋」と言って友人の失笑を買い、
また別の日には「ピアスの穴がウジウジする」と言って、すかさず「cikiさん、それをいうなら「ジクジク」が正しい」と訂正された。日本語の擬態語って難しいものです。
少し前に「AKB」という単語を聞いた時には、新手のロシアの秘密組織かと思った。

子供は何度も何度も目にし耳にすることで言葉を憶えていくけれど、実は大人も、同様にしてその語彙数や表現力をキープしているのであって、それはキープを怠ると(自己怠慢というだけでなく外的環境も含めて)意外なほど早く忘れて(使えなくなって)いくものなんだな、ということを、悲しいながらも実感中。

一方で、母国語とは異なる言語にまみれて暮らすことによって、どれほど日本語という言語がベースになって自分のモノの考え方が成り立っているか、という事を自覚するようになったのは、日本に住んでいた時には無かったこと。
先述の擬態語ひとつ挙げても、「ひらひら」と「ぴらぴら」、「パタパタ」と「バタバタ」の違いを、日本語環境で育った私は即、感覚として把握する。その「感覚として把握」の蓄積が、膨大なそして豊かな表現のバリエーションを作っているのが日本語だろう。
身近な会話でも「チクショウ!(by仏教)「バカ!(by梵語、古くは僧侶の隠語)」など。
逆に、カトリック国イタリアでは、会話の中で(汚い罵り表現も含めて)カトリック関係の言葉を使うことが多い訳で(神・キリスト・マリアを始め)、言葉と宗教は切り離せないものになっているのを日々感じる。

・・・色々好き勝手書きましたが、こちらの生活の中で頻発するヘンな日本語を実は内心日々の楽しみにしているので、ヴェネツィア在住のみなさん、今後もオモシロイ日本語を創造していってください。
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by sumiciki | 2011-01-23 23:13 | 日々の生活で

プロフィール、など

東京都出身。現在はイタリアのヴェネツィアにて、アテンド・通訳などの仕事をしています。
東京の大学の住居学科卒業。その後不動産会社の集合住宅の企画部門等で10年以上勤務。退職し、ヴェネツィア建築大学(IUAV)に留学。
その後、ヴェネツィアに暮らしています。

特技:いつでもどこでも寝られること。何時でもモノが食べられるフレキシブルな胃袋の持ち主。都合の悪いコトを聞き流すこと。
好きなこと:読書。散歩。寝ること。建物を観ること。美味しいものを食べること。人と話をすること。
好きな作家:金子光晴、植草甚一、イタロ・カルヴィーノ、ル・グイン
資格:宅地建物取引主任者(←イタリアでは全く使いモノにならない)
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by sumiciki | 2011-01-20 01:52 | ご挨拶・プロフィール

今日から、スクラップ、始めます

はじめまして。

突然ですが、今日から、ブログを始めることにしました。

まずは、このブログを読んでくださっているあなた、ありがとうございます。
まだ写真1枚しか載っけていないこのブログを見てくださる、あなたのそのご親切に感謝(笑)。

ボチボチとスクラップ帳がたまっていくまで、引き続きその長く優しい目で見守ってやってください(笑)。

ヴェネツィア在住ですが、ヴェネツィアのご紹介的なブログには、おそらくならないのではないかと・・・。ヴェネツィア情報を期待して読んでくださっている方、ごめんなさい。

ブログは始めたばかりですが、2009年11月から、旅行サイト「たびすま」にヴェネツィアの観光スポット中心にご紹介しています(ニックネームは「ciki」です)。
ヴェネツィアのスポット情報に関心のある方、始まったばかりのこのブログに物足りない方(笑)は、是非こちら ↓ をご覧ください。
http://www.tabisuma.jp/user/sumisumi/knowledge?p=2

昔から、なんでもスクラップするのが好き、というよりはスクラップするのが癖のようになっていて、きっとこのブログも、そのようなものになっていくのでは、という予感があります。

プロフィールは近々アップさせていただくとして、
写真も何もないのもつまらないので、ヴェネツィアの、私の住むエリアの写真を。
近々いらっしゃる予定の方、街歩きの最中に、もしかしたらこの写真の風景があるかもしれませんね。そこ、私のアパートの前です。私が窓から洗濯物干してるかも(笑)。
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では、今後ともどうぞよろしくお願いします。
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by sumiciki | 2011-01-19 20:50 | ご挨拶・プロフィール

ヴェネツィア在住。雑記帳ブログ。
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