ヴェネツィア・スクラップブック

中世の建物で、詩の朗読を聴く

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少し前になりますが(相変わらずアップが遅くて失礼・・・)去る3月21日、
友人が参加している詩の朗読のイベントを覗かせていただいた。

場所は、パラッツォ・グリマーニ。
ヴェネツィアのサンタ・マリア・フォルモーザ広場から程近い所にある美術館で、観光スポットであるリアルト橋からも徒歩で10分とかからない場所。
企画展を開催している時期もある。

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この日は「国際詩の日」だそうで、それにちなんだイベントだったらしい。
彼等は「Casa delle Parole」(ことばの家)という詩の朗読のイベントを恒例で催しているのだけれど、
今回が普段と趣向が違っていたのは、詩を朗読する人も、聞く(「聴く」、と書いた方が近いかもしれない)人も、美術館内の部屋から部屋を移動しながら、ということ。

今回の詩のテーマは、外国人がイタリア美術について綴った詩、とのことで、
そのテーマに沿った色々な言語の詩が、それぞれのオリジナルの言葉で、部屋を移りながら朗読されていく。

こんな雰囲気の中で、詩の朗読を「聴」いた。

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聴く人達は、こんな感じで、近くで立って聴く。(椅子に座っていらした年配の方もいらっしゃいました。)

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朗読の後の、拍手。

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友人のFちゃんが朗読したのは、斎藤茂吉がイタリアを訪ねた時に詠んだ詩集「遠遊」より選んだ5点。
それらの句とイベントについては、彼女がブログで詳しくご紹介しているので、ご興味のある方はこちらをご覧ください。

詩は「(目で)読む」ものだと思っていたけれど、
同じ詩でも、耳で「聴く」詩は、目で「読む」詩とは、違った顔を見せる。

詩は、音楽でもあるんだな、と、詩の持つ音の効果というものを、感じながら聴く。

このイベントの面白いところは、それぞれの詩の「オリジナルの言葉」で朗読すること。
イタリア語、英語、フランス語、ロシア語、そして日本語・・・。
中にはもちろん内容が分からない言語もあるのだけれど、
その場合には内容が分からない分、よりその詩の持つ音楽性や、声が伴うことで詩から溢れて来る力みたいなものを、聴くことができるのだった。

そしてこれまた感じたのは、「日本の詩句って、短い・・・」ということ(笑)。
他の言語で詩が朗読される中で日本語の句を聴くと、その短さがより際立つことになる。

今回は、斎藤茂吉の五七五七七の句だったわけだけれど、
他の言語で朗読された詩達が、詩の文そのものでその世界を伝えるという印象が強かったのに対して、
日本の歌というのは、その言葉数の制限のおかげで、その選び抜かれた短い短い言葉によって創り出される、その外に拡がる世界とのコントラストがいかに大きくそしてオモシロイものであるか。

パラッツォ・グリマーニは1500年代に増築された中世の建物で、その中で詩の朗読を聴くというのは、ちょっと面白いイベントだったのでした。

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by sumiciki | 2013-04-11 19:57 | イベント

ヴェネツィア在住。雑記帳ブログ。
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